冠着山(姨捨山) から 長楽寺へ芭蕉の面影

2007年5月3日


■装備 日帰り
ザック20L 長袖シャツ 半袖Tシャツ
 靴下 懐中電灯 予備電池 筆記具 救急セット 
デジカメ 携帯電話 
オニギリ ペットボトル500×2 おかし

洗面用具 タオル 着替え(帰りの温泉用)
装備について
衣服は、晴れていたので日中は半袖と長袖でちょうどだった。
雨具は、晴天なので車に保管。
水の量は、2本でちょうど良かった。

姨捨伝説と、和歌、俳句で有名な冠着山を登る事にしました。
ちょうど今頃の青葉若葉の季節、水ぬるみ山には雪どけ水が流れる頃

行春や鳥啼魚の目は泪

あらたうと青葉若葉の日の光

「奥の細道」を毎年読み始めるんです。 が・・・・・
今年は、別の本にしようと「更科紀行」を読んでみた。

俤や姥ひとりなく月の友


11時15分

坂井から戸倉上山田温泉へぬける
新しいトンネルの手前に登山道入り口が
有りました。

冠着山はこの方向と、戸倉上山田方面から
の2つの登山道が有ります。
しばらく行くと案内板。

GW中なのに静か。

そりゃメジャーじゃないもんね。
中部北陸自然歩道?

どんな自然歩道なのでしょう?
結構山の上へ登ってきましたよ〜
11時30分

山の中腹到着♪

お!! ビックリするほどの車の量。
駐車場車停める余地無しか?

何とか、登山道スミに停める事ができました。

結構人気の山らしい。
登山道始まりはこんな感じ。

スミレの花咲いてます。
アズマイチゲも咲いています。
エゾエンゴサクも

この花この間まで、エゾエンググサかと思っていました(´Д`)

おお〜

アズマイチゲ群生。

結構色んな花が咲いていて楽しい登山道です。
12時5分

更科や 姨捨山の 月ぞこれ   虚子

かと思うのですが・・・
 
名前不明です。

水仙か蘭の一種?
ニリンソウも

と言う事で、30分くらいで山頂に到着(^^)

うゎ〜宴会ヤッテル
いつもなら、気にはならないんだけど・・・
今日は侘びサビの山登りなので(^^)

しかも、まだ登って30分くらいしか経ってないし

物足りないと言うことで長楽寺まで行きますよ。
車へ戻って、反対側の登山道へ

近くには、ショウジョウバカマも咲き始め。
13時8分


ここが、反対側の登山道でした。

こっちから登ると、滝があるようです。

それでは、滝まで行ってくる事にします。
13時20分


久露滝では、子供達が遊んでいました。

何でも、サンショウウオが棲んでいるとか。

見せてもらったら、いましたいました。

水の絶えないキレイな水なんですね。
コゴミもゲット♪
14時

長楽時到着〜結構迷いました。

姨捨の駅からちょっと行った場所を下がる感じでした。

姨捨駅を目指すと分かりやすいです。
松尾芭蕉は貞亨5年(1688年)の8月11日名古屋から
弟子の越人と共に 古来、月で有名だった更科の里へ
と月見の旅に出た。

更科の地へ到着したのが、8月15日。それから3日間に
わたりこの地に滞在し 俳句の会やら、地元の同好の士と
宴会も開きながら観月したらしい。

その旅の距離は、おおよそ62里。250Kあまりにもなる。
その距離を4泊5日で踏破した事になり、1日あたりの
走行距離は12里強 キロだと、何と48キロも歩いた事になる。

「更科の里、姥捨山の月見んこと、
しきりにすすむる秋風の心に吹きさわぎて、
ともに風雲の情をくるはすもの、またひとり、越人といふ。」

更科紀行にある通り、
古来より歌に読まれた更科の里の月を見たいと
「そぞろ神」に心騒がされて旅に出ている。
それは、○○JOY や 山と渓谷 や 深田久弥 や
花の100名山 やらを読んでその山へ行きたくなる、
「やまのぼら〜」と「風狂」で一緒ですね
昔の旅は、歩いて行く旅。
そこには少なからず危険が有ったはず。

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、
日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、
漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に
蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、
白川の関こえんと、そヾろ神の物につきて心をくるはせ、
道祖神のまねきにあひて取もの手につかず・・・


山には危険もいっぱい有るのは承知しているけど、それでも
それに勝る、素晴らしい物が有る事を感じて山に登る気持ちと

同じですね(^^)
シャガの花もキレイに咲いてました。
お寺の入り口にあったんですが

境内には色んな句が有って楽しい♪

お気に入りの句を口ずさみながら散策しましたよ。
樹齢数千年と言う桂の大木。

すごいですね〜芭蕉も見たことでしょう。
古人の1人宗祇の句
あひにあいぬ をばすて山に 秋の月
芭蕉の面影塚は正面の入り口近くに有りました。
俤や姨ひとりなく月の友


長楽寺正面入り口です。

 正面に見える大きな石の塊が「姨石」です。

それでは、さっそく姥石に登ってみる事にします。

名月や 雪のやうなる 蕎麦の花    一翁


姨捨の 田毎に 月を配りけり   臥雲

この句が、「姨石」の登り口に配されていました。

これが、「姨石」近景。
思っていた大きさを、はるかにしのぐ石の塊でした。

芭蕉が訪れたのは、8月15日。
夏の盛りだが、ここ信州では夜は秋の気配が漂う。

虫の声も夏の虫から秋の虫へと変わっていたはず。
空に浮かぶ月は、澄み渡る。

でも今は初夏。岩の上は、隣の桂の木が若葉を茂らせ

希望に溢れていた。
姨石の上でしばし、佇む。
そこは、まるで山の頂のような雰囲気。

右を見ると棚田が広がり
前を見ると、千曲川が蛇行し
遠く、高妻〜妙高〜黒姫〜飯綱山〜斑尾〜
高社山〜根子岳へと山波が続く。

近くには、1000年を超えると言う桂の大木が若い葉を揺らす。
長楽寺の岩から、公園への道は歩いて10分位の
軽い登りだった。
山桜が、時折吹く風に花びらを散らせていた。
「う〜ん、よい感じ」
名月や 思うまじきハ 過去未来     可都三

この人はどんな人なんでしょうね(^^)

名月を見ていたら、何やかやと思ってもしかたないよ〜

過去未来思っちゃダメ。

この月をしっかり感じなきゃ意味ないよ(^^)

って解釈しましたが・・・違っていたらゴメンナサイ

その後わかったのですが、辞世の句なんですね。
粋な人がいたものです。
元日に 田毎の日こそ 恋しけれ   芭蕉

旅から帰った芭蕉は、田毎の日が
思い出されたんですね〜

田毎の月 だと字余りもったりしていてイマイチですね。
8月と言えば、稲はかなり大きくなっているはず。
はたして田毎に日が映っていたかは疑問も有るが、
月を日と言っても気持ちは迫ってきます。

旅の思い出に、思い出す景色。。
俳句の推敲と言うか、練り直しもしていた。

そんな時に、田毎の月や日の光を
思い出していたんですね。
旅の中に身を置く事を思いながら、
新たな旅への思いとなっていくんですね〜
踏切を渡って、すぐ左に姨捨の駅が見える。
そこから駅のホームに出ることが出来た。
姨捨駅は日本三大車窓の1つに数えられる

素晴らしい遠景がある。
ここまで、来たら十分満足(^^)
更科の地は今から千百年くらい前の古今集に、
読人知らず、題知らずの、
わが心慰めかねつ 更科(さらしな)や 姨捨山に照る月を見て
の歌があり、これから「大和物語」「今昔物語」の伝説が生まれ、
さらに世阿弥によって謡曲「姨捨」となった歴史の地。
姨捨山登山から芭蕉の面影を訪ねて、

口ずさむ句は侘しくも有り楽しくも有り。

山登りの新しい体験でした(^^)

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