Place of scenic and historic interest


なごや
史跡探訪
幻の古道
鎌倉街道弐



瑞穂区内の鎌倉街道上の道
瑞穂区内の鎌倉街道上の道
点線部分は推定鎌倉街道筋です。
鎌倉方面から二村台を経由した旅人は、野並から又は呼続から陸路を主体とした「上の道」を利用したり、古鳴海から船にて笠寺に渡る「下の道」を通り呼続から「上の道」に合流したり、その時の天候や海の干満の条件で種々の道があったと思われます。
前回の「中の道」に続き「上の道」を紹介します。瑞穂区の井戸田付近、中川区の露橋付近、中村区の東宿付近、下萱津付近を歩きます。
2007.0906鎌倉街道2   師長小橋
2007.0906鎌倉街道2   師長小橋
藤原師長から名前が付けられた人道橋。
2007.0906鎌倉街道2  師長小橋から見た山崎川
2007.0906鎌倉街道2  師長小橋から見た山崎川
2007.0906鎌倉街道2 土市町 藤原師長謫居跡 嶋川稲荷神社
2007.0906鎌倉街道2 土市町 藤原師長謫居跡 嶋川稲荷神社
太政大臣藤原師長は平清盛の勘気を被り冶承三年(1179)十一月井戸田村へ流されて来た。朝な夕な琵琶を弾じて京をしのんだ。
後に出家して妙音院と号したがこれが今の妙音通りの地名の起こりである。
身辺の世話をした村長横江の娘と契り師長が帰洛を許されるとき土器野里(枇杷島)まで送ってきた娘に形見として片貝の琵琶白菊を与えた。娘は悲しみのあまりその形見を抱いて側なる池に身を投じたという。
「四つの緒のしらべもたえて三瀬川沈みはてぬと君につたえよ」
2007.0906鎌倉街道2 藤原師長謫居跡の碑
2007.0906鎌倉街道2 藤原師長謫居跡の碑
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 龍泉寺
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 龍泉寺
行基の開山とも伝えられ、曹洞宗の寺。熱田円通寺の末寺。
本尊薬師如来は聖徳太子作と伝えられる。源頼朝の誕生地であると言う説があり、表門脇の亀井水は、頼朝が産湯の水に使ったといわれている。
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺本堂
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺本堂
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺の表門脇の亀井水
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺の表門脇の亀井水
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺の歯痛地蔵尊
2007.0906鎌倉街道2  龍泉寺の歯痛地蔵尊
昭和20年の空襲で旧本堂と共に被災して顔半分と胴体がまっ二つに割れてしまったと記されています。。
2007.0906鎌倉街道2 龍泉寺の大黒石
2007.0906鎌倉街道2 龍泉寺の大黒石
昭和58年まで残っていた大黒塚上にあった大黒石で、右の石は原始五輪塔で平安時代末頃のもの、左は薬師寺開山覚一塔で鎌倉時代のものと記されています。
2007.0906鎌倉街道2 龍泉寺横の道、正面は長福寺
2007.0906鎌倉街道2 龍泉寺横の道、正面は長福寺
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 長福寺
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 長福寺
現在の建物は新しい建物ですが、創建は奈良時代といわれている。曹洞宗の寺。本尊は聖観世音菩薩。隣に秋葉社が祀られています。
2007.0906鎌倉街道2 長福寺隣の秋葉社
2007.0906鎌倉街道2 長福寺隣の秋葉社
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 最経寺
2007.0906鎌倉街道2 井戸田町 最経寺
龍泉寺横の日蓮宗の寺。
2007.0906鎌倉街道2  最経寺の東に残る鎌倉街道筋
2007.0906鎌倉街道2  最経寺の東に残る鎌倉街道筋
自転車ぐらいしか通れない道幅です。
2007.0906鎌倉街道2  剣塚
2007.0906鎌倉街道2  剣塚
知多郡の武士糟谷藤太信重墓と伝えられ、この前の古道を馬に乗ったまま通る者は必ず落馬したという。
2007.0906鎌倉街道2  鎌倉街道跡
2007.0906鎌倉街道2  鎌倉街道跡
人が二人通れるほどの細い道です。静かな住宅地になっています。街道の趣が感じられる道です。
2007.0906鎌倉街道2  姫塚
2007.0906鎌倉街道2  姫塚
場所は長福寺の北側の道で、鎌倉街道跡の鍵手の一角に位置します。師長を慕った娘の墓とも言われています。かってこの場所に姫宮が祀られていましたが、現在は鍵田町の集会所の入口に姫宮神社として祀られています。
2007.0906鎌倉街道2 鍵田町集会所の姫宮神社
2007.0906鎌倉街道2 鍵田町集会所の姫宮神社
2007.0906鎌倉街道2 姫塚西の鎌倉街道跡
2007.0906鎌倉街道2 姫塚西の鎌倉街道跡
坂道になつています。

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